猛暑と駅と世界平和について
最近、尋常でなく暑い。誰もが身に染みて感じているだろう。ただただ、暑い。
一部地域では40℃などという絶望的な気温に見舞われており、それはもう、絶望的
まだ7月だというのに40℃。神が天気の調整をミスっているとしか思えない。
いや、そもそも「神」が「天気」を「調整」するという前提、この気でも狂ったような思考、既に暑さにやられているのでは?
しかし、
①神が天気を調整(結果的にはミス)
②その暑さのせいで気狂い
というよりも、
①単に、直接的な原因がある訳でもなく、シンプルに暑い
②その暑さのせいで「神」だの「天気の調整」だの、意味不明な思考に偏る
③ ②の仮定より、「暑さのせいで意味不明な思考に偏る」
という結果に繋がることは、現在冷房をキメまくってる自室に居ながら考えれば理解できる。
故に、「神」は居ないし「天気の調整」も行われていない。一つの解が得られた。
極めて無益であり、何なら宗教の類とみなされる可能性が大いにある。
しかし、本題は別にあるのだ
その「暑さ」故の、「夏」特有の現象について語りたいと思う。これこそが本題であり、前述の、前述の・・・・・
か、髪? 髪の調整?が上手くいかない、だったか。
その髪の内容とは一切の関係性はないし、「猛暑」というキーワードだけが関連性を生み出している。
さて、普段利用する電車。そのクソ暑い駅構内に、冷房(冬ならば暖房)の効いた休憩室のようなスペースがあると思われる。
(大型駅の構内にあるような「休憩所」ではなく、あくまでホーム上にある7~8席ほどの小さなスペース)
それは紛れもなくオアシス。涼しい。電車が来るまでの間のみに発生するセーブポイント
しかし、そんな休憩スペース。最近の猛暑による影響か分からないが、見てしまった
「7~8人のキャパシティを優に超える人数が、休憩スペース内に居る」のである。
即ち、椅子は当然全て埋まった状態で、その手前に5~6人が立ちっぱなしで存在している。
どう考えても、暑い。狭い。
圧倒的に、暑いだろう。
想定された人数へ、想定した温度での冷却が行われているだろうが、その人数を余裕で超えている。
更に人口密度も相まって、恐らく普通に暑い
冬期には、ホーム上での寒さを凌ぐために同じ現象が起こる。
しかし、その人口密度を逆に利用した温度上昇コンボにより、極寒という自然に対する、人類の勝利がもたらされる
だが今は夏。今を冬と思い込む人はそう多くは居ないだろう。
冬と思い込んで気を紛らわすのは悪くないが、だからといって「今日も寒いですねぇ~~~!!!!」と話しかければ、即座に恐怖と戦慄の感情を相手に与えることになる
話が逸れたが、「半ば満員状態で全然涼しくないはずの休憩スペースで、無理やり涼しもうとする行動」が、理解できない。
これを言いたいがための本記事であるが、単に声高に「理解できない!」と叫ぶ意味はない。何事も、共感が大切。
クエスチョンマークで溢れるような物事も、一旦共感し飲み込むことで、争いは生まれない。
「物事」を「飲み込む」という表現は比喩であり、現実的に考えれば「物事」を「飲み込む」ことは出来ない。
しかし「物事」が「モノゴト」という固形の食べ物ならば、不可能ではない。
ん?待ってほしい。「『物事』がモノゴトという食べ物である」と仮定すること自体、既に暑さにやられているのでは?
だとするなら、
①物事は「モノゴト」という固形食物である
②故に、飲み込むことが可能
という仮定が成立すれば、「モノゴト」は食物、即ち生産が可能となる。
よって日本の自給率問題は解決し、野菜などの作物は淘汰される。
完全栄養食品「モノゴト」の前には、有象無象の食料は為す術もなく、近いうちに価格競争に敗北。
まもなく、日本の「衣・食・住」は「モノゴト・モノゴト・モノゴト」となり、「モノゴト」に仕事を奪われ、世界進出を果たす。
瞬く間に全世界を支配した「モノゴト」は、標的を人類に定める。当然人類は抵抗するが、圧倒的な破壊力を持つ「モノゴト」には手も足も出ない。
破壊の限りを尽くされた人類は、やがて「モノゴト」の家畜として扱われる。
そして世界に
平和が訪れる──────